私的詩的感情の泉


by milkmuffin
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時は流れた

あれから、
表向きは平和。

私には仕事がある
忘れられる
生き甲斐もある

長女はこの春大学を卒業し社会人となり
家を出て行った
次女はまだ学生

義父は認知症が始まり
義母はストレスが溜まっている
私はフルタイムで働いて
食事も別
あまり何を言われても
聞くふりをして
聞き流している

夫はどうしても
ある一定のところからは
昇進が止まっている
何度も壁にぶつかっているが
越えられない
会話はなくはない
でも、
弾まないし
この連休に
「一日どこかに行こう」
といわれても
行く気がせず、そのまま

最近は
めっきり彼は老け込み
暇さえあれば
なにかのクロスワードの
雑誌に向かっている

そんな顔を見ても
げっそりするだけ
夢も希望もない顔
女もいないだろう(笑)
いたら
おかしい
私なら
もっとステキな男性に恋をする

心は
変わらない
彼を好きだと思えない

悲しいけれど
情けないけれど
人生のあと何年かを
一緒に楽しみ
喜びを分かち合う相手ではない

彼は私をどう思っているのだろう

娘たちは
父親としての彼を
認めていない

優しい人と結婚すると言う
彼のような男は嫌だと
父として
何も残せなかった
彼の報いなのか

この先
どうなるのか

私にも
分からない
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# by milkmuffin | 2009-05-04 00:14

会話

無言。

会話しない。

あれ以来。

どうでもいいとは思っていない。
だけど話す気になれない。
話すこともない。

彼は、通風もちである。
また出た。

一昨日、朝から車を置いてどこかへふらりと出かけた。
晩ご飯も食べてきたらしく
すぐに寝てしまった。

そして今朝。
足をひきずっていた。

私は食事には気をつけてあげている。
彼は毎晩、晩酌をし、煙草を吸う。
大嫌いな煙草。
肉はいっさい口にしない彼。
できるだけ、肉を入れずに調理したものを
先に皿に取り分けるようにしてあげている。
食生活のせいではない。
不摂生と酒のせいだと私は思う。

心配させたいのか
私たちの前で、わざとのように足を引きずって
オーバーに痛がって歩く。

2階に上がった彼が
さっさと歩いていたので
みんなで「わざとらしい」とつぶやく(笑)。

優しい言葉かけや
思いやりをもてば、もっと彼も変わるのだろうが
彼だけには持てない。
なぜだろう。
通風が出ても、自業自得などと思ってしまう。
自分もイヤだが
しかたがない。

この間の一件から、ぷっつりと切れてしまった糸が
もう空気に紛れて、何処かへ逝ってしまい
もう収集がつかなくなった。

私たちの不仲を見た義母が
私を呼び出してこう言った。

「そんなに仲が良くなくて、夫を嫌いなら
 早く別れてよ。家庭裁判所でも行って」

「別に別れる気はありませんけど」

「息子にも悪いとこはいっぱいあると思うけど、あんた次第やよ。」
「女が折れて、優しい言葉の一つで男は変わるんだから。」

・・・・・・・
そんなんで変わってくれたら
今までのような苦しみはなかったでしょう。

今に始まったことじゃない。
「あんたのせいや。妻(嫁としても)としてだめだ」と言い続けてる義母。
心配してるのは
あなたの息子だけでしょ。
私たちがうまくいくことなんて、望んでなくて
心配だってしていない。
息子が不憫で、可哀相って思ってるのがみえみえです。

もういいんですけれど。

私は、娘のお婿さんに
こんなふうにはしたくない。
娘たちには、反面教師でいい(笑)。
しあわせで温かな家庭を作って欲しい。

今はそれだけが望み。
 
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# by milkmuffin | 2006-09-18 21:07

決裂

この間

彼はとても疲れて
相当、しんどそうな感じだった。
私だって疲れている。
フルタイムで働くことになり
今年一年は、みんなに協力してもらわないと潰れるからねと
がんばってた矢先。

声をかけたかったが
こっちだって疲れているのに
ご飯を作っているその目の前で
キッチンの机に、うつ伏せで寝ていられたら
イライラした。
娘もイヤそうな顔をして
ソファに座っていた。

メールがきた
娘から
おかあさん、無視やよ。なんか言ったらだめやよって

ご飯が出来上がって
食卓に運んだが
彼はそのまま
「ちょっとどいて」言葉をかけた。
むっとして起き上がり
無言のまま、3人の食事が始まった。

知らん顔していた。
彼が話しかけてきた。
「今日、会議中に頭が痛くなり、同僚がみんな昼ごはんを
 食べに言っている間も、会議室で横になってた」
といった。
「それは大変ね、大丈夫?」とでも言えばいいものを
「それは大変ね。私は今倒れている暇はないわ」と言ったら切れた。

「・・俺は、倒れるほど暇ってか?」
 「そういう意味じゃあない。」
「すごく体がしんどいんや」
 「私だって疲れて倒れそう」
「あーそうか。誰も俺のつらさを分かってくれない。」

余裕がなかった。
自分も倒れる寸前でいつも踏ん張ってる。
自分の体をしっかり管理して、がんばってる。
夫は仕事だけしている。
男の仕事と女の仕事じゃ、違うのだろうけれど。
なんだか訳がわからなくって
切れた夫の顔がイヤで。

思わず「知らないってば」と言ったが最後。

「知らんだと?!!!!!」
「てめえの仕事と俺の仕事はレベルが違う」
「てめえの仕事はレベルが低い」

はぁ????
男女平等の職場なんですけど。
あなたの畑で働いているんですけど。
なにそれ?見下すの?
そんなだから、一番のポストにいつまでもなれないのよ。と言いたかった。
職場の私と同じ立場の人間を
いつもそうやって見下しているから
優しさや感情もなく
ただのロボットか、部下としか思えてないから。
娘は、もうやめてよと怒ってて、悲しそうだった。
「だから何も話すなって、言うなっていったでしょう」って。
ごめんね。ごめんね。

私は、今回のことは許せない。
いくら、売り言葉に買い言葉だとしても。
根底にある、彼の価値観。
女を見下す、卑劣な考え。

飯炊き女は黙ってろ?
飯炊き女は疲れてないとでも?
飯炊きだけさせてくだされば、三つ指ついてお迎えしますわよ。
お風呂になさる?とか言いますわよ。

働けと言われ
家を建てるときに
建てたいなら働けと言ったのはあなたでしょ。

愛情の欠片もないのね。
私はもう限界。

でも今、別れるわけにはいかない。
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# by milkmuffin | 2006-09-10 20:56

最近の私

嫌なことはかなりがまんしてやってきた。

家を建てた。
子どもが成長して
家族だけで住めばよかったのに。
姑と舅と同居。

トラブルは住んで一ヶ月目から発生した。
姑が、私の居ない間に
孫(つまりわたしの子どもたち)に対して
ご機嫌やら、自分に向かせようと
せっせと世話を焼き、私よりもあなたたちを大事にしてるのよと
いわんばかりに・・・
私の悪口を言い、それが逆転して
彼女たちの反感をかうことになった。

母親のことは好きだから
おかあさんはがんばってるから・・・と
姑の心とは裏腹に、彼女たちは姑のことを信じなくなった。

夏休みは私は毎日家で彼女たちと楽しく過ごした。
夫は変わった。
さらに、輪をかけて無口になり
いざこざを避けるように仕事に行くといっては
いなくなった。

さすがに家出はしなくなり
怒ることも切れることも少なくなった代わりに
寡黙になり
食べなくなり
無関心で無気力になった。
たまにはキッチンで「おとうさんごはん」を作ってくれた彼も
同居と共に
いっさい手を出さず、家のこともなにもしなくなった。
台風が来ても、仕事場を守り
立場上、管理職になりしかたがないにしても
笑顔が消え
私に対しても、無関心、
話そうとしても、頭からぴしゃんといわれ
話す気力もわかなくなり、会話にもならず。

姑と舅はイライラがつのり
私にきついことばかりを言ってきた。
全てがわたしのせいのように。
或る日、爆発した。
家族会議と称して、私が責められた。
長女は私の味方をし、次女は、もうやめてと叫んだ。
夫は切れただけ。
私がなじられ、酷いことをいわれても
味方にはならなかった。
自分はどうすればいいのかと切れただけ。
ばからしくて、情けなくて涙が止まらず
本気で訴えれば訴えるほど、責められた。
おまえのその態度が、おおちゃくいだの
嫁としてもっとこうあるべきだとか、女のくせにと。

やっていけないと思ったが
娘のために耐えた。
娘は、もう関係ないから
知らん顔してわたしたちは支え合ってがんばっていこう
楽しく明るくくらしていこうと言ってくれた。
今までの夫の数々のできごとを
姑も舅も知らないから
話したけれど
結局、浮気も暴力も
あなたのせいよと終わり。

夫を大切にしない妻
可愛げのない孫たち
全てが気に食わないのだろう。

同居して5年。
いろいろあったが
耐えた。
夫も耐えたのだろう。

同居は、マンションを買うといったら
そんなこと言わずにいっしょに住もうと言われたから。
今から思えば
あの時、
マンションを買ってしまえば
どうなっていたのだろうと思う。

上の娘は、20歳になった。
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# by milkmuffin | 2006-09-10 20:44

最近のこと

ずっと書く暇がなかった。(笑)
表面的には問題なく普通に過ごしている。

こどもたちもずいぶんおおきくなった。
ひとり立ちをするまであと数年?

残されるのは夫婦。
友達に逢って話をすると、円満な夫婦はこれからが楽しみだという。
頼るのは夫だけだと。
もちろん仕事もしている。
彼女は、或る時期、家族で海外生活をして
その時に培った夫婦の絆と、家族の結束を維持している。
すばらしいと想う。
うらやましいと想う。
だけど。家はしかたがない。
始めからうまくかみ合っていなかった。
私は彼を愛していない。
今も、これからもそんなふうに寄り添えない。
彼にしてみたら気の毒でかわいそうな人生だと想う。
私は適当に手を抜いたり、仕事に没頭したり
子どもたちと遊ぶこともできるし、かわいがってきたけれど
彼は遊び相手がいない。
浮気はその場のこととしておいておいても
彼には同性の友達がほとんどいない。
仕事上の友達はいるけれど、休日にいっしょに
ゴルフに行くとかそういう相手はいない。
飲み友達もそこそこにはいるが親友はいない。
子どもたちをかわいがってこなかった代償が
今の子どもたちの態度や言葉だ。
いっしょに食卓を囲んでも会話しない。
なにか喋りたそうにしているが、私も話さない。
彼がいると食卓は暗い。
申し訳ないと思うが、どうしても歩み寄ったり
話す気にならない。
どうせ、何か言っても思ったような受け答えはしてくれるはずもない。
つまらないし労力が無駄。
彼女たちもそう思っていると思う。
しばらくサッカーの話で会話する時もあるが
弾まない会話はすぐに終わる。

私と彼がどうしてここまで遠くなったか。
おたがいに思い遣ったり愛し合ったりしてこなかったから。
私は彼が嫌い。
どうしても好きになれない。
ごめんなさい。
老後のことを考えると不安だしどうしようと思うけれど
ケセラセラでいかなきゃ、まいってしまうから。
がんばるのはやめた。
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# by milkmuffin | 2006-06-18 01:33

変遷

それから月日が流れ・・・
子どもたちが小学校へ上がって数年が過ぎ。
私への暴力や物に当たる行為が絶えなかった。
下の娘は見ていたけれど、はっきりは覚えていないという。
上の娘ははっきりと覚えているという。

原因は、はっきり覚えていないが
とにかく何かにいつも彼がイライラして
ことあるごとに文句を言われ、言い返すと怒り出した。
私たちは3人で身を寄せるように仲がよく
何処に行くにも一緒だった。
子どもたちには寂しい思いや、嫌な思いはさせたくないと
私は休日になると、色んなところへ出かけ
一緒にいろんな景色や感情を共有した。
横暴で身勝手で暴力的なお父さんを怖がっていた。
その中で、私がうまくフォローして、
お父さんを讃えたり、敬うようなお話をしていれば
また違ったのだろうけれど
私は彼を愛してもいなければ、夫としては最低で
父親としても、何も育児をしない父親だと思っていた。
私にも妻としてダメなところや不満がたくさんあったろうけれど。

TDLには毎年たくさん連れて行った。
私たちはTDL大好き(笑)。
彼は行くはずもなかった。
長時間並んでいられるはずもなく、無理だった。
お店に入って、注文したものが遅くてかなり待たされた時
お店で大声で叫ばれたこともあった。
恥ずかしくても二度とそのお店にはいけなかった。
若いからではない。血の気が多いとかそういうんでもない。
気性が激しいのでもない。
思い通りにならないとキレたり、反抗すると暴力を振るわれた。

それで、「別れたい」と何度も言った私。
でもその度に、キレて、家出。
夜通し帰ってこない日もあれば、すぐドアをどんどん蹴って
ドアや物にバンバン当たりながら布団にもぐりこんでしまう彼。
どこに泊まったのかなんてどうでもよかった。
こんな夫を愛している女性がいるなら差し上げるなんて思った。
「またお父さん、出て行ったの?」
「そのうちに帰ってくるわ」
「ばかみたい」
そんな彼女たちの反応。
私は虚しくて心が寒かった。
こんな思いをさせているのは私たち夫婦。
彼女たちは天使のようにイイコなのに・・。
ごめんね。ごめんね・・・。涙が情けなくて溢れた。

いつだったか・・・一度、
めちゃくちゃに言われて、言い返して、言い返され
叩かれ殴られ蹴られて、ぼろぼろになったことがあった。
それで、「私別れて」と懇願した。
彼はさらにキレて、暴力を繰り返し、家を飛び出した。
3日。帰らなかった。
その間に、義父の兄が泣くなり、お通夜もお葬式も出られなかった。
それで、義父や義母にも不信がられ、
私たちがうまくいっていないことがばれてしまった。
私は全てを話した。でも彼の両親は彼の味方・・・・・

(泣)

つづく・・・
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# by milkmuffin | 2006-02-19 21:24

流浪

私の人生はわたしのものだ。
一度きりしかない。

ならば楽しもう。
そう思えて吹っ切れてきたのは
だんだん娘たちが成長していく日々の中で漠然とだったけれど
確実にそういう想いが生長したから。

浮気は続くわけでも
続いていても気にはならなくて
どうでもよいことになった。
彼を愛していない。。もう愛せないと思った。
でも、私は私。
子どもと自分の時間を大切にできた。
自分を見失わずに生きてこられた。
流されても躓いても負けない。

また詳しく書きたい。
でも今、言えるのはこんなこと。
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# by milkmuffin | 2006-02-11 21:45

決断

無情に時は流れた。
流れていく日々。
子どもたちは成長していく。
私と彼は何事もなかったように
必要なことだけを会話していた。

変な行動
不信な行動
そういうものはノートに日記としてつけていた。
そういう行動も一年くらいで納まった。
彼にお金がなくなった(笑)。
仕事も忙しくなり時間もなくなった。
私や娘たちが居ては
独身貴族にはもうなれないんだー(笑)。

私は仕事に復帰する時期が近づき
娘たちをまた義母にあずけようとしたが
言われた。
「私は自由が欲しい」
これは名言だった(爆)。
きっと次女が長男だったら預かってくれたと思う。
義母は義父が退職し
あちこち旅行に行ったり、老後を楽しみたいからと
二人目を預かる意思がないことをはっきりと私たちに告げた。
恨んではいない。
それもそうだと思った。
それにふたりは体力的にも大変だろう。


私はしばらく保育所を探したり
いろいろ考えた。
実の母にはとてもめんどうはかけられない。
体力的にも義母より年が上でもっと無理。
自分の力で育てたい。
寂しい思いはさせたくない。
でも、せっかく正式採用された職場で責任もあったのに。
辞めたくない。
いろいろ葛藤があった。

そうして出した答え。

自分を生かせる夢のような職場を放棄して
自分の宝物の娘たちを選んだ。

それは今でも決して後悔していない。
自分で決断した。
間違っていなかったと思う。
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# by milkmuffin | 2006-02-05 21:27

詰問

私はなにかの拍子に
彼の行動や物言いにカチンと来て
心で我慢していた感情があふれ出した。

もうどうでもいいことだけど
別に気にしてないけれど
・・と自分に言いながら彼に話の口火を切った。

「あなた。浮気してるでしょ?」
想わぬ言葉が自分でも出た。
単刀直入。
直球を彼に投げた。

「・・・・・・・」
彼は血相を変えた。
一瞬だったが
私の目ははっきりとそう感じた。

浮気なのか?
とにかく、車のダッシュボードの中に証拠がある。
私は彼に詰め寄った。
「ごちゃごちゃ騒ぐな!」というようなことを彼は言った。

その避妊具の使用の用途は
自分でするために使うとか
訳のわからないことを言ってみたり、
浮気をしていないの一点張り。

私は、否定し続けた彼を今はよかったと思っている。
あの時、誰とどういう関係にあったかを
聞かされていたら
ここにはいなかった気がする。

ラブホに入るとか出てくる写真のような
絶対的な動かぬ証拠があっても
何もなかったと言い切ったほうがいいのだと
漠然と思った。

隠れてするのはかまわない。
見てみぬ振りはできない。
見えないように上手にしてくださいと
その時は思った。

もう完全に夫として愛せなくなった。
男性として必要なくなった。
心の絆なんて、始めからなかったのだと思った。
体だけの関係の女だろうとは想像ができた。
遊びかもしれない。
でも、嫌悪感はつのった。

彼と同じベッドに眠れない。
睡眠不足と、ストレスで、乳腺炎を起こし
高熱が出て、医者に診てもらい寝込んでしまった。
私は、上の娘とダブルベッドに寝て、下の娘はベビーベッド。
彼は隣の部屋で、ひとりシングルの布団を引いて寝るようになった。
それはお願いしたから。
上の娘の赤ちゃんが帰りもあったし
いい口実になった。

今、思うと
本当に苦しい日々だった。
ただ、ふたりの娘だけが私の生き甲斐で
宝物だった。
自分に経済力があったら、家を飛び出していただろう。
あの時、勇気も気力もなかった。
若かったのに。
なんでできなかったのだろうと思う。
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# by milkmuffin | 2006-02-05 21:13

嫌悪

それからの私は
彼を嫌悪してしまうようになった。

私が。。
彼を放任して、何もお世話もせずに
のほほんと暮らしていたのなら解る。
許せるかもしれない。
遊びでも何でも・・
でも、違う。
私は必死でふたり目の赤ちゃんを守った。
長女も、幼心を健気にがんばって耐えてくれた。
寂しくても病気になってしまっても。
私と赤ちゃんとパパとママが暮らせる日を
我慢して待っていたのに。

え?
え?
あなたはウワキしていたの?

信じられない。
ありえない。

でもありえないことじゃないのかも。
一年以上も、妊娠してから、
流産しかけで始まって、産むまで怖くて
そういう夫婦生活はしてなかった。
だから、仕方がなかった?
その次女が生まれてから一年もたっていなかったから
・・というだけではなかったけれど
拒否気味だったのは申し訳なかったと想った。
だけれど・・

彼が信じられなかった。
不信感ばかりがつのった。
もういっぺんに情愛も消えた。

誰と?
どんなふうに知り合って
どうなってるの}
って聞けるはずもなかった。

でも、あまりに続いたある日のこと・・・

・・・つづく。
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# by milkmuffin | 2006-02-04 23:44